凡人日日是好日

僕は普通の人である。

コンビニで感動すること

毎朝のことである。僕はコンビニでコーヒーを買う。100円だ。なんとなくルーティーンのようになってしまっていて、何も入れないブラックコーヒーを飲んでいる。

最近のコンビニは朝から外国の方が働いている。そういえば、この店舗で日本人を見たことがないというレベルだ。

かと言って、別に困ることもない。「コーヒーレギュラーで」のたった一言と、そっと置く100円で、店員さんはスッとレギュラーカップをくれる。

毎朝見かける女性の店員さんがいて、その店員さんはアジア系の外国の人だ。と僕は思っている。異国の地にきて、母国語を使わず働くというのは想像するだけでもゾッとするほど大変だと思う。僕には出来ないと断言できる。

なにせ、駅で外国の人に道を聞かれるだけでも、あたふたしてしまう人間だ。

そんな僕はいつも感動しながら、彼女の「100円です」という言葉を聞いていたが、最近になって、それを聞いていないことに気づいた。

僕が来ただけで、すでに右手がレギュラーコーヒーのカップを掴みに動いている。前は「100円です」と言っていた言葉も発せず、僕の100円をスッと引き取り、スッとカップが出てくる。

昨日気づいた瞬間、ちょっと寂しいと思った。

だけど、僕も「レギュラーで」とか短縮して言っている時があるので、なんとなく慣れてしまって、そうなるのかな?と思っていた。

しかし、今日気づいた。いつもカップを見ている僕が顔を上げると、笑顔の彼女がいた。「おはよう」と言われているような優しい笑顔で。

僕は理解した。「常連」というハイクラスにレベルアップしていたのだ。

彼女は僕が見ていなくても、いつも微笑みかけてくれていたのだと気づいて

なんだか申し訳ない気持ちになった。

僕が外国の人だからと先入観を持っていて、言葉を超えたコミュニケーションになったことに気づかなかったのだ。

申し訳なさ40%、気恥ずかしさ30%、今後も宜しく30%で僕も笑顔を返した。

ちょっとコーヒーが美味い。