凡人日日是好日

僕は普通の人である。

4人席のバタフライ。

僕が乗っている電車では、椅子の配置が山手線のような縦一列ではなく、二人掛けが横2列ある。

ちょうど新幹線のグリーン車のような並びで、真ん中の通路は狭い。

この椅子は動くようになっていて、新幹線だと回転して4人席になったりするが、電車では椅子の背もたれ部分が持ち上がって、下の座る部分をまたいで反対側に行く。

折り返しで運転する電車の場合、乗った際に背もたれ部分を動かして、進行方向に向かって座るように乗客が調整する。

列の一番端っこの2人席は動かないので、乗降口に一番近い席は必然的に4人席となるような仕組みだ。

そう。一番端っこの席が4人席なのだ。だから乗客は2人席を争い、2人席が無い時に止む無く4人席に座る。4人席にも座れなかったら、立つしかないのだ。

その日、僕は勝者だった。

なぜなら当駅発の誰も乗っていない電車に一番に乗り込んだから。

僕は4人席のすぐ後ろの2人席をキープした。寝ようが読書しようが、自由だ。

その後、たくさんの客が乗ってきて、僕の隣は「すみません。」と言って、おばちゃんが座った。数十分の短い帰路を共にする相席者だ。

僕は読書をはじめ、おばちゃんはゲームアプリ「ツムツム」に夢中になっていた。

十分程経ったら、3つ目の駅に到着し、たくさんの乗客が降り、新しい乗客が乗ってきた。僕もおばちゃんも降りる場所では無かったので、お互いに変わらず、平和に一時を過ごしていた。

しかし、事件が起きた。

突然、目の前にあった前の席の背もたれが動き、4人席になったのだ。

どうやら、僕とおばちゃんが座っている2人席の前にある4人席の乗客が降りて、誰もいなくなっていたようだ。そして背もたれが動かせる状況だった。

いやいや、だからと言って4人席になる理由がない。なぜだ。

犯人は若い男性。眼鏡をかけ、ちょっと癖毛のあどけない感じだ。

彼はおもむろに僕の前に座った。イヤホンで音楽を聴いている。

4人席になってしまったので、僕の正面に向い合せで座る形となった。

なぜだ。なぜ僕とおばちゃんの平和を微妙にかき乱してまで、僕の正面に座るのだろう。知り合いか?いや知らない。

おばちゃんの知り合いか?それなら、おばちゃんの前に座るだろう。

前の4人席は空いていたのだから、そのまま座ればいいではないか。

これはきっと、周辺の席に座っていた乗客全員が思ったことだ。

一瞬冷静さを失い、その後、状況を把握するのに十秒程度かかったので、おばちゃんが椅子が動いた際に「ワォ!」と言ったのを思い出した。

おばちゃんは冷静さを取り戻したのか、動揺を出すまいと「ツムツム」の世界に戻っている。

周りから見ると、僕が目の前の青年と親しいのではないか?だから4人席にしたのだと想像されてもおかしくない。

肝心の彼を僕はまじまじと確認してみた。

明らかに動揺していた。

僕と目を合わさないようにしている。目が泳いでいるのだ。

こんなに泳いでいる人を見たことがない。もうバタフライしているような目だ。

僕は理解した。彼は失敗したのだ。

なぜかはわからないが彼は席を動かしてしまった。

動かしてしまったから座らなければならなかったのだ。そう。僕の前に。

そして目がバタフライ。

周辺も「なぜこの場所が4人席になったのか?」という妙な雰囲気だった。

仕方ないなぁ。気を付けてよ。と思い、とりあえず僕は読書に戻った。

次の駅でおばちゃんが降りた。「ツムツム」はハイスコアとはならなかっただろう。

そこで、なんと犯人のバタフライ青年も降りていった。

いつもなら2人席の場所が、謎の4人席になっている場所に僕一人が残されたのだ。

まるでこれでは、僕が謎の4人席を作ったみたいではないか。

待ってくれ。バタフライ。

そんなに短い乗車なのに、なぜ椅子を動かし、謎の空間を生み出し。そして先住民の僕を置いていくのだ。

まるで僕が寂しがりのサラリーマンみたいじゃないか。

おばちゃんとバタフライが降りていった駅で、新しい乗客が「ん?」という顔して、謎の4人席に佇む僕の横や前に座ってくる。

僕は少し恥ずかしくて、遠くの景色をみて、そっと目を閉じて、しばらく寝たフリをして過ごした。

いつか、あの青年に聞いてみたい。

いいんだ。謝罪はいらない。